落語 浜野矩随

 以下、「落語あらすじ事典 千字寄席」より

浜野矩随(のりゆき)のおやじ矩安(のりやす)は、
刀剣の付属用品を彫刻する「腰元彫り」の名人だった。

おやじの死後、
矩随も腰元彫りを生業としているが、てんでへたくそ。

芝神明前の袋物屋・若狭屋新兵衛が
いつもお義理に二朱で買い取ってくれているだけだ。

八丁堀の裏長屋での母子暮らしも
次第に苦しくなってきたあるとき、
矩随が小柄に猪を彫って持っていった。

新兵衛は「こいつは豚だ」と言い、
「どうして、こうまずいんだ。
今まで買っていたのは、おまえがおっかさんに優しくする、
その孝行の二字を買ってたんだ」
となじり、
挙げ句の果ては「死んじまえ」と。

帰った矩随は、
母親に「あの世に行って、おとっつぁんにわびとうございます」と
首をくくろうとする。

「先立つ前に、形見にあたしの信仰している観音さまを
丸彫り五寸のお身丈で彫っておくれ」
と母。

水垢離(みずごり)の後、
七日七晩のまず食わず、裏の細工場で励む矩随。

観音経をあげる母。

やがて、完成の朝。

母は「若狭屋のだんなに見ておもらい。
値段を聞かれたら『五十両、一文かけても売れません』と言いなさい」
と告げ、
矩随に碗の水を半分のませ、残りは自らのんで見送った。

観音像を見た新兵衛、
おやじ矩安の作品がまだあったものと勘違いして大喜びしたが、
足の裏を見て「なんだっておみ足の裏に『矩随』なんて刻んだんだ。
せっかく五十両のものが、二朱になっちゃうじゃねえか」

矩随が母への形見に自分が彫った顛末(てんまつ)を語ると、
新兵衛「えっ、水を半分? 
おっかさんはことによったら
おまえさんの代わりに梁(はり)にぶらさがっちゃいねえか」

矩随は慌てて駕籠(かご)でわが家に戻ったが、
母はすでにこときれていた。

これを機会に矩随は開眼、名工としての道を歩む。 

 元々は講談で、それを落語にしたものだそうです。 
 面白いのは、上の粗筋のように、母親が死んでしまうヴァージョンと、
すんでのところで母親が助かるヴァージョンとがあること。

 昔は、母親が死んでしまうヴァージョンが多かったが、
現代では、母親が助かるヴァージョンが多いとのこと。
 先日、TBSの落語研究会の録画で見た古今亭菊丸のは、
助かるヴァージョンだった。

 あるいは、先代の円楽は、初期は助かるヴァージョンで、
その後死んでしまうヴァージョンに移ったとか。
 先代円楽のCDで聞いたのが最初で、とても印象に残っている
のだが、どちらのヴァージョンかは失念。
 ただ、個人的には助かるヴァージョンが好きなので、多分、
助かるヴァージョンだったような…

 古今亭菊丸も上手だけれど、最初に聞いたせいか、
先代円楽版の方が好ましい。
それもそのはず、先代円楽の十八番の一つだったというのは、
この文章を書く際に、ネットで調べていて知った。
 先代円楽は、キャラクターが好きではなかった(ついでに今の円楽も)けど、
浜野矩随は面白かった。
 嫌われ役(説教口調)に説得力がある気がした。